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アートジムミニエッセイ「お堀と柳」の話

  • artgym
  • 21 分前
  • 読了時間: 2分
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薄暮の頃に退勤すると、真っ直ぐ帰宅したくない気分になるのは、特に秋には顕著である。だからと言って、ちょうど良いイベントや予定が急に現出するわけでもないから、たいていはおとなしく帰路につく。それが、涼風にどうにも諦め切れなくて、そうだ、せめてウォーキングがてら帰ろう!と決めるや心が浮き立つ。控え目ながらも今宵の目的を獲得して、学生や会社員らしき人々が溢れている御茶ノ水の坂を、こころなし歩幅を大きめに進んでいく。


  車で幾度か往来したことがあるから知悉していると思い込んでいた通りは、実際歩いてみると思ったよりも距離があった。建替え工事中の荘厳な会館を過ぎ、「本日売り切れ」の知らせを貼り出した鰻屋まで来たら、汗と疲れが一気に噴き出して、そのまま和田倉のカフェに滑り込む。噴水広場にも店内にも、食後のお茶をゆるりと楽しむ若い男女や旅行者が多い。


  テイクアウトにしたコーヒーを片手に皇居に沿って再び歩き始める。お濠は数十メートルか、あるいはそれ以上の幅があり、夕闇の中しんとしている。黒緑色の水面に沿って等間隔に植えられた柳の木の葉が涼風にそよぐ様を見て、置いてけ堀はお江戸のどこら辺が舞台だったか、裏切られたお岩さんは柳の陰から出てきたっけ?と考える。真夏の令和の夜に、江戸の堀端を一人歩いているような不思議な感覚を独り占めしているようで、悪くない。令和のカップルは、江戸時代の堀にも柳にもお岩さんにも興味は無いかもしれないけど、ずっとずっと平和で幸せでいてほしい。


(教務/watanabe)

 
 
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